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カテゴリ:思うところ( 4 )


テ、テ、テレパシー。

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お昼ご飯分館にいこうかな、
どうしようかなー

なんて

京島をフラフラ歩いてたら


あの時ぶりの
あの場所に辿りついた。



墨田に引っ越して数ヶ月、
ぼんやり楽しそうなスペースの名前を覚えだした頃。
家から少し遠い京島のことは殆ど知らなくて、
あの日はワクワクしながら
キラキラ橘を歩いた。


あのすべり台のてっぺんで、
渡された封筒に書いてた番号に電話したんだ。

遠くに住んでる知らないあのひと。
岐阜に住んでるという優しいおばちゃんだった。

それが本当かどうかもわからないけど、
そんな繋がりを
ふわふわした気持ちで楽しんでいたら


そう、
たしか。


あの鳥がいるあたりに
赤い風船が上がったんだっけな。



次の週には、私が
遠くの知らない人になるはずで

本当は21日まで開催されるはずだったのが
11日で止まった展覧会。

今や幻の2日間。


奇跡的に初日に予約をしていた私は
9日の柔らかい日差しに消えて行く
赤い風船を、みたよ。


そうだった。
私は世界が変わる瞬間を見たんだった。



山城君の、TOKYO TELEPATHYのはなし。
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by feeljazzin | 2012-02-02 23:48 | 思うところ

夢の島

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第五福竜丸をみてきた。
新木場、夢の島にそれはある。


東京にきていた友人が
口コミで聞いたから行くというので、
私も連れて行ってもらった。


第五福竜丸の事は
歴史で習った月並みの知識と
渋谷にある、
あの岡本太郎の絵のイメージくらいしか
なかった。


ただ、
うっすらと

いや確実に。


311以後

渋谷を通る時も
岡本太郎展に行った時も
8月6日、9日も

意識しないではいられなかった。


そして

それが現存しているというのだから
これも何かの縁だろうと思った。


東京都立第五福竜丸展示館(http://d5f.org/top.htm


行く前まで
都立であることに何の疑問も持たなかったし、
これだけ意味のあるものなんだから
ものがあるなら
保存して当然だと思っていたんだけど

その日
たまたまお会いできた学芸員いちだまりさんの説明で
いまここに残っているのが
奇跡的なんだと実感。

怖いくらいの
実物の迫力。


第五福竜丸はマグロ漁に出て
日本から遠くビキニ環礁で行われた
アメリカ軍の水爆実験により被爆。

大量の放射性落下物(死の灰)を浴びて
どうにか日本に帰り着いた船は
身を以て日本国民にその事実を知らせることに。

その後
無線長の久保山愛吉さんが
半年後に血清肝炎で亡くなっている。


しっかり除染されたあと
名前を変えて使われた船は
信じられないけど、

最終的には
船の墓場になっていた夢の島に
ゴミとして捨てられていたんだそう。


そしてそれが第五福竜丸だと解ってからも、
この展示館ができるまでの数年間、
海に浮かんで雨ざらしになって
沈みそうになりながらも
保存をしようと声をあげたみなさんの
想像を絶するような努力で
こうしてここに現存している
という事実。


それは
私は全く知らなかったのだけど
ビキニ沖の水爆実験が幾度も行われていた当時、
遠洋漁業の魚は原子マグロと呼ばれるほど
ガイガーカウンターが数値を示し、
廃棄されて魚屋は困り、
日本にも放射能を含んだ雨がふって
日本中が混乱して
人々はこの先の生活に不安を覚えたが為に、
原水爆反対を唱えたという
原爆投下から9年後に起こった出来事だったから?

展示されていた
その当時の新聞は
まるで、インターネットを賑わしている
今の話題さながらだった。

いくつかの文献の中に
核の平和利用がされますように、
といったものがあって
どうしてもひっかかってしまった。
去年ならそうだね、
戦争怖いね、

ともすれば
私からすりぬけていた文章。

爆発自体に巻き込まれた人はいなかったとして
少なかったとして

予想の3倍の範囲での
直接死に至らしめる影響力はもちろん

世界中をじわじわと蝕む毒に
みんな怒った。


今、
日本で起きているのは
そういうことなんだ。
と再確認する。

なるべく見てみないふりをしたくなる。
自分は関係ないと思いたくなる。


第五福竜丸を見に来て
半世紀前、こんなに怖かったのに
なんで忘れていたんだろう

反省して帰る年配の方も多いんだそう。


ただ、
実際違うところにいる私が
心を寄せて同調しても
それは迷惑な気がしていて

だからそれよりは
関心を持って
問題の糸口を探る
知って、動く事
伝える事が必要なんだと
強く思う。

何事も。


そこで
思い出すのは
夏に会ったあのお客さんのこと。


私は知らない事が
まだ

たくさん、ある。


知らない方が
幸せな事はきっと多いけど

それでも
知っていきたいと思う。


そんな、
暑さ残る
秋の最初の日のはなし。
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by feeljazzin | 2011-09-02 00:03 | 思うところ

今日も1日ご安全に。

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勉強不足やから、
ニュース等の話題には普段あまり触れないけど
多少なりとも関わって感じたことをポツリ。














4月25日で3年となった
JR尼崎の脱線事故に関しての記事や日記を
この数日、読めるだけ読んだ。

当たり前やけど
様々な立場からの
様々な意見があって
少し
頭がごちゃごちゃしてるのん。



当時、
ニュースを見てただただビックリしたこと、
尼崎周辺の知り合いに連絡をとったこと、
自分が乗っていた可能性だってあったこと、
その後しばらくは
電車の停電にビクビクしていたこと
(JRではたまにある事やけど)、
そんな気持ちで電車に乗るのって嫌だなー
ていう思いがあったのを覚えてる。


事故から数年が経ち、
今のバイト先でできた友人は
実際に電車の後ろの方に乗っていた人だった。
私の上司になった人は
遺族だった。


そういった経緯もあって、
今回の「追悼と安全の集い」では
ポスターとリーフレットの制作を
させてもらったのだけど。


正直、
オペレーターとしてもままならないデザイン知識の私には
ボランティアと言えども
「内容さえわかればいいよー」なんて軽く言われても
あまりに重い仕事だと感じたのは
言うまでもなくて。

それでも

ただ
力になれたら、と思って
作らせてもらった。


第三者に伝える事や
関係者への配慮等、

普段の「〜ぽいもの」を作る、
スピード最優先の仕事ではわからない
グラフィックデザインの難しさを
この仕事を通じて学ばせてもらった気がする。


この時、
上司を含む遺族会の方々の意向等で
案を出す度に
「あと、この内容も入れて!」
みたいなことをギリギリまで続けて
デザインが2転3転したのは
予想通りやったけど、


疑問やったのが
JRに提出する際の
ボディコピーの変更。



駅構内等に貼り出されるポスターやし
JR側に不利な内容が変更されることは
予想してたけど

JR側のやるべき責任ははたされた

というような印象さえ受けてしまう
内容に変わってしまった。



このやり取りが本当に解決に向かっているのか、
関係者でない私にはわからない。

ただ
遺族や被害者の方々の思いが
大きな力の体質に潰されそうな気がしてならへん。


そうならん為に
ずっとずっと、
戦い続ける背中は
私の目には
あまりに大きく映るのん。




事故後数年経ち
あの衝撃が薄らいでいるせいか
列車の遅れに文句を言う人を
たまに見かけることがある。

そんなん見かけたら
心臓がきゅっとするよ。

利用者がそんな人ばかりになれば
焦る気持ちが強まって
やっぱり運転手には
上からの過度の圧力がかかるやん。


JRには
根本的な
体質改善を

私も含め、利用者は
事故の記憶を風化させず
安全第一と考えることが


再発防止にも繋がるって
思うんよ。








改めて

亡くなられた方々のご冥福を
お祈り致します。
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by feeljazzin | 2008-04-28 18:13 | 思うところ

日だまりの影

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日差しは麗らか

洗濯物もよく乾く

外に向かえば
素敵な出会いがあって

友達は楽しげだし

ご飯は美味しいし

どうにか
生きてはいけるし

もう何も
心配などないほどに
幸せなはず。

でもこんな
幸せ気分を誘う
ポカポカ陽気は

おかしい。

最近
怖くて仕方ないねん。

影を見ようとする
このnegative思考は
あたしの良くない所。
やけど
脳天気ではいけない気がして。

何か
できることは
ないかしら。

頭をひねってみるん。
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by feeljazzin | 2007-02-20 22:49 | 思うところ


絵描きの日常と妄想を綴る記録帳。
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